ニュースレター

<松井輝明先生・穂苅量太先生対談> 消化器の専門医が「腸の奥からの健康」を語る
~腸内細菌叢とその代謝物に関する研究の現状と期待~

「腸の奥からの健康を考える研究会」に、防衛医科大学内科学(消化器)教授の穂苅量太先生が就任されました。機能性消化管疾患や消化吸収を中心に研究をされている穂苅先生と、本研究会の座長である帝京平成大学教授の松井輝明先生に、現代人の「腸の奥からの健康」について、最新の研究成果を交え、お話をお聞きしました。

対談

松井輝明先生

対談

穂苅量太先生

――穂苅先生の最近の研究テーマをお聞かせください。

穂苅 近年患者さんが増えている炎症性腸疾患*1や過敏性腸症候群*2などの機能性消化管疾患の病態解明に取り組んでいます。メタボリック症候群などの生活習慣病が問題となっていますが、消化器疾患にも生活習慣病があり、炎症性腸疾患や過敏性腸症候群などが該当します。これらの疾患は生活習慣の改善でかかりにくくすることができます。具体的な研究内容としては、ストレスと消化管の関連、消化管の免疫制御機能との関わりをひも解くことで、病態解明を行っています。

――炎症性腸疾患の研究、特に過剰な免疫応答の制御に関する研究についてお伺いしたいのですが。

穂苅 炎症性腸疾患では免疫系が正常に機能せず、本来守るべき腸管を攻撃することで腸管の炎症を引き起こします。こうした症状を抑えるために、過剰な免疫応答の制御についての研究をしています。従来、腸管の免疫応答は毒素に対して反応するものですが、毎日食べる食事は異物であっても免疫を発動させない、免疫寛容というシステムが備わっています。消化管には体の中のリンパ球の半分以上が分布しています。これだけの数のリンパ球を適切に機能させる巧妙なシステムが消化管には備わっています。またリンパ球は、ただ多いだけでなく、消化管に留まらず身体中のパトロールを絶えず繰り返しています。消化管から体循環に離れたリンパ球は再び消化管に戻ってきますが、そこで大事な役割を持つのが接着分子です。消化管に分布するリンパ球は消化管特有の接着分子を発現しており、他の臓器の炎症に関わることはなく、逆に他臓器のリンパ球も腸の炎症にかかわりません。この接着分子の制御が崩れ、過剰な免疫応答が起こると炎症性腸疾患が起こると考えられています。私どもはこの制御についての研究を行っています。消化管の細胞接着分子に特異的に結合し、細胞接着分子の働きを阻害する抗体製剤は、理論的には肺炎や神経炎など多臓器の日和見感染の懸念がありません。ようやく炎症性腸疾患の治療薬として1年ほど前から使えるようになりました。特に高齢者や担癌患者など、免疫系の弱い患者さん達への治療に効果が期待されています。

――過敏性腸症候群の研究についてはいかがでしょうか。

穂苅 過敏性腸症候群の研究では、体性感覚過敏のモデルを使ってストレスが与える消化管への影響を見ています。排便のセンサーは直腸にあり、圧センサーで便意を感じています。これを体性感覚と呼んでいますが、過敏性腸症候群はこのセンサーが過敏になって生じると言われています。過敏性腸症候群はもともとストレスに関係がある病気です。最近はストレスが腸内細菌叢を変化させ、疾患を引き起こしていることが分かってきましたので、いろいろな菌やカビを使って研究をしています。日本の伝統的な食品の鮒ずしなどからラクトバチルス(乳酸菌)を分離して効果をみたり、バルサミコ酢に使われているカビで症状を抑えられないか、研究しています。

――なぜ、発酵食品に着目されたのでしょうか。

穂苅 日本では1970年代から急に腸の病気が増加してきました。この理由には食生活の変化、特に冷蔵庫の普及に伴う発酵食品摂取の低下により腸内細菌の変化が一因と考えています。しかしヒトの腸内細菌はマクロの視点では安定しており、その治療にプロバイオティクスを投与しても腸内で生息するのは困難と言われています。鮒ずしは匂いもきついですが、強い塩分などかなり過酷な環境で生息できるラクトバチルスで発酵が行われており、強いプロバイオティクス効果が発揮できるのではないかと期待した訳です。またバルサミコ酢に使われているカビについてですが、実は日本で売られている味噌から分離したものです。効果があったカビを同定したところ、たまたまバルサミコ酢に使われているカビと同じだったとわかりました。

――腸内細菌叢が関わっているというお話がありましたが、腸内細菌叢の変化と疾患の病状に関連はあるのでしょうか。

穂苅炎症性腸疾患の方を診ても、症状が悪くなっているときは腸内細菌叢が変化しているのがわかっています。また、炎症性腸疾患は季節の変わり目で再燃が多いということも明らかになっています。季節による腸内細菌叢の変化が疾患のトリガーになっているという仮説が立てられています。季節の変わり目で症状が悪くなる病気はいくつかあるので、そういうものの一つの原因に腸内細菌叢の変化が関わっていないか着目されています。

――近年、潰瘍性大腸炎*3が増えています。何が要因としてあげられますか。

松井 原因はよくわかっていない部分も多いのですが、遺伝的素因、環境因子の2つが要因と考えられています。潰瘍性大腸炎は家族内での発症も見られ、何らかの遺伝因子が関係していると言われています。この遺伝的素因に食生活、ストレスなどの環境要因が絡み合って、免疫応答異常が起こり、病気が発症すると考えられています。 また、興味深いのは食物繊維の摂取量が不足し始めた時期から潰瘍性大腸炎が右肩上がりで増えているということです。食物繊維の不足という環境因子と病気の発症との関連性が示唆されます。さらに、民族でみるとイスラエル人、欧米人が多く、東洋人には少ない病気であるということもわかっています。遺伝的な要因も考えられますが、やはり環境因子である、肉中心の西洋型の食事が影響している可能性が考えられます。

穂苅 今や日本は潰瘍性大腸炎の患者数が世界で2番目になってしまいました。

対談

松井輝明先生

対談

穂苅量太先生

――腸内細菌の医療分野での応用研究として糞便移植などが注目を集めています。現状はどのような段階でしょうか。

穂苅 日本ではまだ大きな問題になっていませんが、海外ではバンコマイシンなどの一般的な治療の効かない難治性クロストリディオイデス・ディフィシル感染症が問題になっています。糞便移植が注目を集めたのはクロストリディオイデス・ディフィシルが引き起こす、偽膜性腸炎などの感染症の劇的な効果が認められたからです。この治療法は古くから提唱されていたのですが、この感染症への劇的な効果を受けて、他の難治性疾患への可能性が検証され始めた訳です。潰瘍性大腸炎やクローン病など炎症性腸疾患には、今のところ糞便移植の効果がデータ上はあまり見られません。潰瘍性大腸炎は、糞便移植による症状改善はあまり見られなかったものの、定着しにくい環境でも効率的に糞便移植を行うための知見の蓄積という面では、潰瘍性大腸炎でトライしたことが、他の疾患への応用にかなり役にたつでしょう。 炎症性腸疾患でも、スーパードナーといわれる人の便を何人かの患者さんに提供したら、その患者さんにはすごく効いたという話があります。スーパードナーのある特定の腸内細菌が寄与したのか、腸内細菌叢の構成が安定していて患者さんにマッチしたのかまだわかりませんが、腸内細菌叢を変えることで炎症性腸疾患が大幅に改善するケースがあるのは事実です。

――腸内細菌の医療分野への活用は、今後どのような方向に進むのでしょうか。

穂苅 腸内細菌叢に着目した医療への活用の研究も始まってきました。いわゆるプレシジョン・メディスン(精密医療)と言って、個人にあわせたテーラーメイド医療みたいなものがあります。例えば、がんの治療薬として脚光を浴びているオプジーボでも治療効果は人によって差があります。差が出る理由は、腸内細菌叢のパターンの違いであるという研究論文が発表されました。個々の腸内細菌叢のパターンを把握できれば、効果的な治療を行える可能性があるということです。しかし、個人間の腸内細菌叢の多様性は大きく、個人の中でも前日の食事内容で腸内細菌叢の比率が変わってしまうこともあります。プレシジョン・メディスンを腸内細菌でやるのは簡単なことではありませんが、達成できたときの効果は非常に大きいと思います。 一方で、オプジーボは普通の抗癌剤と異なり宿主の免疫を調整する薬剤です。チェックポイント阻害剤と呼んで、免疫のアクセルとブレーキをコントロールするチェックポイントでブレーキを解除する薬剤です。まだ動物実験レベルですが、免疫チェックポイントのバランスを左右しているのはたった7種ぐらいの腸内細菌の作用であることが報告され、研究者の注目を集めています。動物実験ではこれらの腸内細菌を増やすと、がんを殺す細胞が増えている、チェックポイント阻害剤が効きやすくなるなどの結果がでています。糞便移植以外にも、腸内細菌叢というキーワードでいろいろな病気に対して有効と思われる手段が見つかってきています。

――腸内環境が全身の健康にどのような影響を与えていますでしょうか。

松井 脳腸相関と言って、脳から指令が出て腸が動いているのと同じように、腸から脳へも指令を出して、脳に影響を与えていることが分かってきました。腸内環境が悪くなると、腸から脳に指令が届き体の不調を引き起こす可能性があるということです。腸内環境は腸に限った問題ではなく全身の健康として考えないといけないと思います。腸を元気にすることによって、感じているストレスを軽減する可能性があるし、認知症の予防効果も期待されています。 しかし、腸内環境は人それぞれ違い個人差も大きいというところには配慮が必要です。 今から50年前は人の便量は400gでしたが、今は200gと半分です。便は90%が水分、そのほかは細菌の死骸でできています。便量の減少は細菌量の減少と考えていいと思います。腸内環境を守っている腸内細菌の量が減ったり、腸内細菌叢のバランスが崩れると、悪玉菌がつくりだす有害物質が血流にのって全身へと広がりさまざまな場所で炎症などを引き起こします。肥満や感染症、アレルギー、糖尿病や心疾患などの全身の病気のリスクを上げることが分かっています。腸内環境の劣化による健康への影響は少なくないように思います。

――現代でも高齢者の中には便量が500gぐらいの人もいらっしゃると聞きました。

松井 京都府立大の内藤先生の研究によると、長寿で知られている京丹後市の高齢者の便量は他の地域の高齢者に比べて多く、平均350gという結果がでています。現代人の平均200gよりだいぶ多い。その分、京丹後の人はものすごく多くの品目を食べられています。海藻類、豆類などの食物繊維、納豆など発酵食品等もいろいろな種類のものを食べていらっしゃいます。現代の一般的な日本の家庭ではそんなに多種多様な食事はしていません。朝食ひとつをとっても、パンやトースト、コーヒーくらいで済まされているのではないでしょうか。やはり京丹後市の人ぐらい品数多く食べることが理想的なのではないかと思います。 同じく内藤先生の研究で、京丹後市の若い人とお年寄りのビフィズス菌の量を調べたところ、お年寄りのビフィズス菌は腸内細菌叢の20~30%を占めますが、若い人はその割合が10%以下の人が増えています。なかにはビフィズス菌がほとんどいないという人もいます。ビフィズス菌が多いことが日本人の特徴でしたが、同じ地域でもお年寄りと若い人の食習慣が全然違うために、若い人のビフィズス菌が減っているということが明らかになりました。若い人が今の食生活を続けていると今までの長寿社会は将来的には怪しいという感じがします。

――腸内環境の劣化が様々な疾患につながっていると思いますが、腸内細菌叢が多様であれば、炎症となるような刺激を緩和して過剰な反応をマイルドにしてくれるということはないでしょうか。

穂苅 全くその通りです。大腸に炎症があるときは腸内細菌叢の多様性は低下しています。腸内細菌の専門家もそこは間違いないだろうと言っています。特定の菌だけの増減で炎症が改善・悪化するという考え方より、多様性がなくなり、菌数も少なくなってバランスが崩れやすくなるために炎症反応が起こりやすくなると考えた方です。便量が減り菌数が少なくなった影響が出ていると思います。腸内細菌にはお互いにけん制し合い自分たちのなわばりを守ろうとする性質があります。腸内細菌の多様性が保たれているほど強いなわばりが生まれ、外部からの刺激に対する過剰な反応が抑えられるので、おっしゃる通りだと思います。

――腸内細菌の代謝物である短鎖脂肪酸が全身に働いているということは、本研究会でも発信されていますが、お二人が注目している短鎖脂肪酸の働きについてお話を聞かせてください。

松井 短鎖脂肪酸の代表的な物質である酪酸と酢酸が大腸から全身をめぐる血流を介して末梢組織にあるレセプター(受容体)に作用するということはわかっています。こうした働きによって主に酪酸はエネルギー消費を促進させます。酢酸は脂肪の蓄積を低減させます。酢酸と酪酸の全身の生理機能への影響は今後さらに解明されていくのではないかと思います。短鎖脂肪酸が腸の中で作られるということが重要です。

穂苅 栄養素の中で、効果が確認されていてもメカニズムが不明なものが多い中で、短鎖脂肪酸はメカニズムが多方面でわかっている物質と考えられます。生体側の仕組みもまだ未知のものが多いので、栄養素による生体への影響を解明するのは難しい側面があります。しかし短鎖脂肪酸は、ある程度メカニズムがわかっているので研究の側面から見ても好都合な物質と言えます。短鎖脂肪酸は大腸内で食物繊維から大量に産生されて、一部分は臓器の栄養に、また腸にたくさんある、神経細胞への影響、免疫細胞への影響など多方面で活躍します。消化管の神経の異常が全身疾患につながるのではないかという意見もあります。様々な栄養素が神経に効果があると考えられますが、その中でも短鎖脂肪酸は主役ではないかと思います。

――短鎖脂肪酸は大腸の免疫系にどのような役割を果たしているのでしょうか。

穂苅 大腸の免疫は免疫応答を制御する「制御性T細胞(Treg)」と免疫応答を活性化させるTh17細胞のどちらに分化にするかで免疫のトーンが制御されていますが、大腸で作られる短鎖脂肪酸は、そのバランスの決定に関係しています。短鎖脂肪酸は免疫と疾患の関係を解くカギと言えるかもしれません。

――研究会でも腸内細菌の発酵に必要な食物繊維の素材として、スーパー大麦、イヌリンを研究対象にされていますが、短鎖脂肪酸の産生にはどのようなことが重要なのでしょうか。

松井とにかく水溶性食物繊維が絶対重要。善玉菌は水溶性食物繊維をエサにして短鎖脂肪酸を産生します。スーパー大麦は非常に多くの水溶性食物繊維を含んでいる穀物ですし、イヌリンは高い発酵性をもった水溶性食物繊維です。もう一つ大事な点は食物繊維が大腸内で発酵・分解されるスピードです。大腸に届いてすぐ発酵・分解されてしまうと腸の奥の本当に腸内細菌がたくさん棲むところまで届きません。研究対象としているスーパー大麦には特徴的な3つの食物繊維が含まれています。段階的に腸の入り口、腸の中間、最後と種類によって発酵・分解されて腸内細菌のエサになるスーパー大麦はすごくいいと思います。途中でやめてしまうと2週間で元の腸内環境に戻りますので、継続して摂ってほしいと思います。

――最後に健康寿命をいかに延ばしていくかが重要なテーマとなっていますが、健康長寿と腸の関係についてお聞かせください。

穂苅 食事の偏りがないことが一番ですね。おそらく必要な栄養素が足りないというのが一番の問題だと思います。足りない栄養素は食事やサプリメントで補う必要があると思います。あと若いころは食べ過ぎてはダメなのでしょう。現代はメタボの方も増えていますし、腹八分の方が活性酸素が少なくて、健康長寿につながるでしょう。アンチエイジングは活性酸素との戦いの側面が大きいことがわかっていますが、食事制限は活性酸素産生減少を介してアンチエイジング効果が極めて強いことが動物実験では立証されています。ただし高齢者の場合は過度なダイエットはサルコペニアを来すリスクにもなりかねないので生涯続けるべきかには議論があります。短鎖脂肪酸の健康長寿に関する効果はまだ研究途上でよくわかっていないというのが現状です。ただ、老化に伴って変化する腸内細菌叢を改善させる効果が期待できるので将来楽しみな分野と言えます。

松井 慣れ親しんだ食生活を大きく変えるのは大変でしょう。ひとつでもふたつでも意識して健康にいいプレバイオ、プロバイオを普段の食事に加えて摂ってもらえれば良いと思います。 当然ですが、おいしくて飽きずに続けられる、それが健康につながります。健康長寿を得るためには腸内環境を良くするということが重要です。

――ありがとうございます。

対談

左から穂苅量太先生、松井輝明先生

(注)

*1 炎症性腸疾患(IBD) 腸に炎症が起き、腹痛と下痢が繰り返し起こる原因不明の病気。潰瘍性大腸炎とクローン病を総称して、炎症性腸疾患と呼ぶ。

*2 過敏性腸症候群(IBS) 腹痛と便秘または下痢を繰り返し引き起こす。 症状は様々だが、下腹部痛、腹部膨満、ガス、便秘、下痢がよくみられる。

*3 潰瘍性腸疾患 大腸の粘膜に炎症が起こり、潰瘍やびらんができる慢性の炎症性腸疾患。主な症状として出血性の下痢、腹部のけいれん、発熱などがみられる。原因は分かっておらず、厚生労働省が定める「指定難病」のひとつ。